Monthly Archives: 7月 2011

駅弁

東京駅の駅弁はすごいですね。
まるで、駅弁博物館です。
しかも、毎日のように内容が変化する
アクティブな博物館です。

でも、出発5分前にこのワンダーランドはキツイ!
迷う。
素材や栄養にこだわったものから、
地域素材を活かしたものまで、
最近では、ベーグルとかもあったり、
本当いろいろあります。
でも気軽にこれでいいやって、
ひょいと選んだのが、普通の二倍くらいの
値段だったり、油断できません。
電車好きだし、弁当だし、
日本らしい文化ですよね~。

で、選んだのはこちら

20110722-115531.jpg

いつもと変わらん。
しがないメンズの自分に(泣)
(でも、紅ショウガが上品な味でよかった)

夏休みの時期に入りましたね。
どうか、みなさま良い旅を。

(私は鳴りを潜めてました375電子書籍の
打ち合わせに秋田へ行きます!)
TONBI

375_7月号が発行

375_7月号が発行されました。
今号の特集は、先月の田中優さんのインタビューの続きとなっています。

次号は8月8日発行予定です。

誰もが許さない罪があったとして

ひとつの考えるネタとして…
例えば100人に聞いても、
100人とも許してくれない
罪があったとする。
たとえ、どんな弁明をしたとしても、
「そりゃ、あんたが悪い」
と必ず返される罪があったとする。

罪を犯した者は、
罪を認め反省をする。
しかし、それは先のような許されぬ罪なのだ。
すると、ある意味で罰の値が見つからない。
ここまでやれば、許すよ。という
際限が見つからないため、
罰はずっと続くのだ。
くる人くる人が、
許されぬ者の前を通るたびに
ツバを吐き捨てていくのだ。

そんな時、一体だれが許しを
与えてくれるというのだろうか。
もし、禅修行の「喝」みたいに
ペチンとやってくれたら、
それがとっても痛かったとしても、
それで罪が許されるのならば、
さぞかし慈悲に溢れた喝だろう。

一体だれが許しをくれるだろうか。
許しってなんだろうか。

僕も答えがわからず、
いつまでたっても、人類の闇の中に放り込まれて、
彷徨っているような罪や蔑まれた人たちが
一体、どこに終結するのか、興味をもって考えている。

でも、
視点は違うけれど、
人は必ず誰もが許しを与えられていると思う。
それは生まれてくる時だ。

子供が生まれた時、
妊娠から出産まで、その様子を見ていたけれど、
母親にとって、
それが負担で危険なこととしかいいようがないと思った。
完成した肉体にとって、
子供は異物のなにものでもない。
(不安を煽りたいわけではないので、あしからず)
しかし、母親はそれを受け入れる。
もちろん、望みに望まれて生まれてくることであっても、
肉体のレベルでは、
かならず危険を受け入れている。

僕は、その受け入れるということを、
「許し」の始まりだと思う。
だから、誰もが生まれるという罪を犯し、
母に許されてこの世にいる。
話を戻すけれど、
誰もが許さない罪を背負った人がいたとして、
その罪自体は、
たとえその人が死んでも許されない事だったとしても、
その人は、少なくともある時点では絶対的に許されていた。
それだけはいえる。

TONBI

375の7月号

375の7月号が発送完了しました〜〜〜。
有り難いことに、毎月発送量も増え、
なかなかの仕事になっております。
クロネコヤマトのお兄さんも腰を据えて、
集荷しにきてくれます。
でもですね〜、この倍ぐらいまでは
近いうちに達成したいんですよ。本当は。
なので随時配布先募集中であります。
どうかよろしくお願い致します。

フライング気味ですが、表紙はこちら。

iPhoneで取るとショキングピンクみたいですが、
もっとシックなサツマイモのような表紙になってます。
是非にお手に取ってみてください。
表紙ではないですが、僕もイラスト描きました。

ではでは、また。
TONBI