テレビ、民間信仰神棚
人の一挙一動にメッセージがあって、
それが、意識的か無意識か関係なく、
多くのことを語ってると思う。
例えばテレビの位置は面白い。
軽く結論をいうと、
今のテレビは位置的に神棚にあって、
そして、まさに神棚として扱われていると思う。
反対意見以前にアホかと思われるかもしれないけど、
僕はそう考えている。
一時期、郊外というか、
人里離れたところに住んでた時期があった。
その地域の右も左もわからない場所で、目印になるようなものもない。
そんなところで、助けになったのが、
山だった。
いつもの道から外れて、
わけがわからなくなっても、
遠く高くにあって、どこにいても眺めることができる山は、
いい目印だった。
山をみれば、大体の帰り道が見通せた。
安易な結びつけだけど、
かつては山はイコール神の社だったのも、
道しるべとしての役割もあるからじゃないだろうか。
さて、あなたのお家を一国一城として、
家の中で、高くにあって、どこにいても、
誰もが眺めることができる場所に、
なにがあるだろうか。
僕はそこにいつも神棚とテレビを見る。
なにを大げさなと思われるかもしれないけど、
上座下座を気にしない人はいないだろう。
位置のメッセージは無意識の集積で、
とても説得力がある。
で、その神棚的なテレビがどういったもので、
これから、どうなっていくかを考えるのは、
民間信仰の行く末を見ているようで、
とても面白い。
そうはいっても、
今どきは、手鏡のような神棚を、
みんな持ち出して、
時間が空くやいなや、
パケット使い放題で、熱心に祈ってるけど。
TONBI
Author: tonbi